誰もが長生きする社会。シニアとこれからシニアになる人たちと「長生きするのも悪くない」と思える仕組みをつくっていきます。
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 新・生き方辞典特別編

『サラリーマン最後の日』

file007 井上雅史さん 1955年生まれ [自営業(桐たんす販売)]

 
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Q 現役時代の仕事は?

明治13年創業の桐たんす専門商の4代目でした。個人のお客様だけではなく、宮内庁や外務省に桐たんすを販売していました。桐たんすは着物を入れるだけではありません。宮内省や外務省からは、古文書や条約の現本を保管するための桐たんすの注文がありました。北は北海道から、南は鹿児島まで、日本全国のお客様へ桐たんすをお届けしたり、日本木材学会で発表したりと、24時間365日走りまわっていました。1997年から会社のホームページを始め、情報発信には力を入れていましたので、検索エンジンで15年ほど1位だったことも。東京都伝統工芸品産業団体連絡協議会の青年部長をしていた縁で、伝統工芸を生業とする仲間を雑誌に紹介する連載記事の取材もしていました。桐たんすや伝統工芸の良さを伝えるために、いろんなことをやっていましたね。テレビや雑誌などのメディアからの取材もたびたびありました。

桐の名門 代々桐匠 相徳ホームページ
http://www.aitoku.co.jp/

 
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Q 「4代目最後の日」はどんなことを考えていましたか?

34歳で継いだ、創業140年の家業の最後の日は、私にとって東京の店を閉めることでした。職人の方に迷惑かけないようにあれこれとやりくりしながら、最後の日を迎える準備を進めてきました。店を閉めるためには、桐たんすを全部売り切らなければなりません。店にはたくさんの桐たんすを展示していましたので、全部売り切ったときはホッとしました。店を閉めた最後の日そのものより、店を閉めることを職人や関係者に伝えることのほうがよっぽど大変でした。

 
創業は1880年。一貫して桐たんすを扱っていました。

創業は1880年。一貫して桐たんすを扱っていました。

Q 現在の「しごと」は?

今も、販売した桐たんすのメンテナンスはお受けしています。また、オンラインショップでは、桐たんすの販売をしています。

店を閉めてから、「板橋グリーンカレッジ」というシニア大学に通い始めました。卒業後、OB会では落語会の役員をしています。コロナ禍前は、卓球や落語会の主宰、男の料理教室に参加していました。留学生の作文の添削するボランティアもしたことがあります。

「時間があっていいでしょ」というような、ボランティアベースのシニアへのアプローチはちょっと違うなと感じています。「自分にできることってなんなのかな?」って、今は探しているところです。何歳まで生きるか分からないので、やりたいことをやって、好きに生きていきたいですね。

 
仲間との卓球を楽しんでいます。

仲間との卓球を楽しんでいます。

板橋グリーンカレッジOB会ホームページ
http://28itaob.la.coocan.jp/


インタビュー:上木宇宙