新事業への挑戦
定年後に働けるカフェ
シェアダイニングsalute(サルーテ)(埼玉県越谷市)
元気なうちは、定年後も働き続けたい――
そう願うシニアは少なくありません。
しかし、「シニアの働く場」はまだ多くはなく、限られた業種であったり、その中でも年齢制限があったりします。
「定年後のシニアが働ける場を作りたい」と調理麺や総菜の製造を手掛ける株式会社クリタエイムデリカが、2015年9月に「シェアダイニングsalute(サルーテ)」をオープンしました。
定年後のシニアスタッフが働く「シェアダイニングsalute(サルーテ)」を取材しました。
「産業廃棄物」にしてはいけない 定年後のシニアが働ける場所を
東武スカイツリーライン越谷駅から徒歩10分ほど歩くと、レンガ色の壁に大きなロゴマークが目印の「シェアダイニングsalute(以下サルーテ)」があります。
扉を開けると、光が注ぐ明るい店内が広がっています。「いらっしゃませ」とスタッフ達から元気な声が聞こえてきます。テラス席や個室を備え、近隣の方が友人や家族と一緒にモーニングやランチに訪れています。自社農園で作った野菜を使ったサラダが付いた「生パスタ」のメニューは、ボリュームがあり男性客にも好評です。
サルーテの一番の特色は、働くスタッフがすべて定年退職後のシニアであること。
65歳から76歳のスタッフが調理と接客を行っています。
サルーテ誕生のきっかけは、株式会社クリタエイムデリカ(以下クリタエイムデリカ)の代表取締役栗田美和子さんが、シニアの人材派遣を行う株式会社高齢社の創業者・上田研二さんから受けたアドバイスでした。
「会社で仕事しかしてこなかった団塊の世代が定年退職を向かえて、地域に戻すのは、地域の『産業廃棄物』になってしまう。どうしたら良いか考えなければいけないよ」
上田さんの話に深く納得し、社員が定年退職後に働ける場を作ろうと、早速、シニアが携われる仕事を開始しました。最初に試した農業は、体力的にシニア達の足腰が付いていかず特定の人のみが続ける結果に。次に農作業の体力仕事が軽減できる水耕栽培を手掛けようとしましたが、高額な初期投資が必要となり断念。
改めてシニアの働ける場を考える直した時、クリタエイムデリカが扱っている「食」を提供する場、「カフェ」を作ってみてはどうだろうか?と思い浮かびました。
カフェは、長年会社がお世話になっている地元越谷に根差した、地域の人が集う場所にしたい。自社のビジョン「食から新しいコミュニティを作る」にも合致したサルーテは、2年間の準備期間を経て、2015年9月にオープンしました。
シニアが仕事をしやすい工夫をちりばめて
サルーテでは、シニアの働きやすい工夫をいくつも取り入れています。
まずは清潔感を出すため、赤いストライプのユニフォームに帽子をかぶるスタイルに統一しました。
入口のドアにつけたベルは、スタッフの耳が遠いことや、調理の音でお客様が来店したことに気づかなかったことがあったことから、音が大きく鳴るものに変えました。
また、お金を扱うのに躊躇するスタッフが多かったことや、注文の取り間違いを防ぐため、券売機を設置。券売機の券は、スタッフの要望から文字を大きくし、注文を聞いた順にチェックしていくと注文が完了できるようにし、注文からサービスするまでの時間をスタッフに意識してもらうため、発券時間の印字を追加しました。
そしてメニュー開発は、自社で行い、料理工程を少なくして、できるだけワンプレートで提供するようにしています。調理場では、やけどや火災防止のため、電磁調理器を使用。食器は比較的安価なものを揃え、落として割れてしまっても、スタッフが気にしない容器にしました。
スタッフの働く時間は、週20時間を目安とした、シフト制の週2日から3日勤務を基本としています。
営業時間は、8時半から16時まで。夜の営業はせずに、夜や店の定休日はレンタルスペースとして地域に開放しています。これはスタッフの体力面を考慮して決めました。
シフト制のため、引き継ぎ事項は全てメモを残し、翌日のスタッフにわかるようにしています。
「最初スタッフは『いらっしゃいませ』の一言もなかなか出ない状態でした。何度聞いてもすぐに忘れてしまったり、手や足運びがスムーズにいかないなどの身体能力の低下をどうやってカバーしながら働けるか、シニア達の働く不安要素をできるだけ軽減した働きやすい環境づくりは、今も試行錯誤中です。」(栗田さん)
「定年後にここで働きたい」と本社の面接に行ったお客様も
カフェスタッフの村上孝子さんにお話を聞きました。
村上さんは、クリタエイムデリカの工場勤務時の部下と一緒に、オープン時からサルーテに勤務しています。
同年代のお客様から「元気をもらった」、「私たちもまだ働けるんですね」と声をかけられたり、サルーテで働きたいと本社の面接に行ったお客様もいたそうです。
サルーテで働き始めてからのご自身の変化について
「家族に明るくなったって言われますね。工場時代は私語厳禁の世界で、私はリーダーとしてスタッフの指導もしていたのですが、部下たちからずいぶん柔らかくなったと言われています(笑)。接客は人生で初めての仕事で、うまくできなくて落ち込むこともありますが、この年でも日々新しく学ぶことや成長できることに感謝しています」
雇用年齢制限がなくなる 社員、社外の意識改革にも寄与
サルーテができたことで、クリタエイムデリカにも変化が訪れました。
本社の社員たちにサルーテでの働き方が浸透し、「定年後にも働けること」を自然に受け止める空気が生まれ、会社全体の雇用年齢の制限がなくなりました。現在、69歳の方が定年後、再雇用され本社の事務職を続けています。
そして、社員向けにサルーテ以外のシニア雇用する会社などを訪問する「よい会社訪問」を社内の部をまたがりグループ分けし全社員で年1回訪問し、その後に各グループで討論し新しい取組みを行っています。
社員もお客様との打ち合わせにサルーテを利用して、社外の方に実際にシニアが働く場を見てもらう機会を広げています。
クリタエイムデリカは、サルーテでの経験をステップにして、2018年秋に障がい者雇用を行う特例子会社スマートFunを立ち上げることとなりました。将来的にはサルーテでの障がい者雇用を考えています。
サルーテのような「定年後の働く場」を持ちたいという企業に向けて一言をと、栗田さんにお聞きしました。
「定年後の働き方は、体力面や仕事に対する気力面などの個人差が大きく影響します。短時間勤務にする、仕事内容の見直しなど、職場との相談は不可欠です。現在の事業の中で、シニアを雇用できる環境が無いという場合は、サルーテなら、本業の食品製造から少しずらした飲食業という具合に、本業から少し主軸をずらして考えみるとよいアイデアが生まれるかも知れません。また、地域を意識したものにすることが私は必要なことだと思います」
「サルーテは、目標の売り上げ達成はまだできず、スタッフの働く意欲を保つことの難しさなどの課題もあります。よい会社訪問で訪れたシニア雇用の会社と比べると、私たちはもっと進化できるはず。地域での認知度もこれからです。もっと地域とつながった場にしていきたいです」
メニュー
パスタセットメニュー(パスタ・サラダ小・ドリンク)900円
サラダセットメニュー(小パスタ・サラダ大・ドリンク)900円
モーニングセット(雑穀ガレット)500円
おばあちゃんのパンケーキセット 500円
ドリンク 300円~、アルコール 400円~
開業年
2015年9月
席数22席
個室10席
営業時間
8:30 〜 16:30(L.O. 16:00)
定休日 土曜
スタッフ数 15名(65歳から76歳)
店の特徴
生パスタ麺を使ったメニュー
レンタルサービス(地域の集まり・講座開催・作品展示など/キッチン利用も可能)
執筆:渚いろは/写真:原光平