火傷や落下の事故をふせぐ、
メモリの大きな“孫育て”ほ乳瓶
「生まれたばかりの赤ちゃんを抱っこしてみたい」腕の力が弱った高齢者でも、
安心して孫を抱くことができる、家族のための新生児ケアグッズです。
孫育てにやさしい『ほほほ ほにゅうびん』制作のはじまりは、娘のミルク問題がきっかけ
「100歳まで働けるものづくりの職場」を目指しているBABAラボ。おばあちゃんが使える手作りの孫育てグッズの制作を手掛けています。そのBABAラボがこの度、孫育てにやさしい育児グッズ『ほほほ ほにゅうびん』を発売しました。このほ乳瓶を手掛けることになったきっかけは、桑原代表自身の苦い経験から始まりました。
2010年のある日のこと。時々娘を預けている義母から「この子、ミルクをたっぷり飲んでもすぐにお腹すいて泣くのよ。食いしん坊さんみたいね」と何気なく言われたことが気になりました。というのも、いつも自宅でミルクをあげている時には、飲んだらぐっすり寝ていたからです。
それから数日後。義母がミルクを作っているところを見た時、ようやく“その謎”が解明されました。義母がほ乳瓶のメモリを読み間違えていたことで、とても薄いミルクを娘にあげていたのです。孫のお世話に張り切っていた義母はその事実を知ると少なからずショックを受け「ほ乳瓶のメモリが細かくてとても見づらかった」と申し訳なさそうに話してくれました。
「私達には何でもないメモリも、シニアには見づらいものなんだ」。今は、専業主婦の家庭よりも共働き夫婦が多くなったこと、共働き世代が家事育児協力を求め、祖父母との同居や近居の増加傾向にあることなどを知り、これからはさらに育児にシニアの力を借りる機会が増えるはず。そして育児グッズを見渡してみると、赤ちゃん側の快適さは求められていても、使う側の快適さは考慮されてきていなかったことが見えてきました。ちょうどその頃、BABAラボで孫育てグッズを作る話があがっていたことから「よし!孫育てグッズ第一弾は、シニアが使いやすいほ乳瓶を作ろう!」と決定。こうして、「ほほほ ほにゅうびん」の制作が始まりました。
【メモリ】
メモリの読みやすさで使用時のやけど防止や身体的負担を軽減
定規や計慮カップなどに表示されている「メモリ」。普段は当たり前にあるものとして気に留めませんが、よく見ると、いろいろな種類のメモリがあります。BABAラボの「ほほほ ほにゅうびん」のメモリは、芝浦工業大学デザイン工学部デザイン工学科プロダクトデザイン領域の博士・橋田規子教授のゼミ生御代詩織さんが、卒業論文として実験、検証して完成したものです。
メモリの開発の前に、既存の哺乳瓶を用意し、BABAラボのシニアスタッフに、一連の調乳作業を行ってもらい、ビデオで撮影し、行動検証をしました。検証の結果、視力低下から読みにくいメモリの場合、ほ乳瓶を持ちあげて、腰を曲げた状態で顔のそばでメモリを確認しながらほ乳瓶にお湯を入れていました。そのため、手などにやけどをする可能性が高いことや、身体への負担が大きいことが分かりました。シニアは、どんなメモリだと読みやすいのかを調べるため、既存の哺乳瓶のメモリを調査し、図のような(メモリが並んだ画像)A~Dまでのメモリのタイプについて、BABAラボのシニアスタッフにヒアリングしました。すると、棒の横に数字があるもの(B・D)や、メモリ線の長さが一定のものは、前後のメモリを間違って読んでしまうことが分かりました。調査の結果、量が増えるごとに線が長くなり、50、100などの数字がメモリ線の中心に表示されたAのメモリが一番読みやすいことが分かり、「ほほほ ほにゅうびん」は、このAタイプのメモリを採用しました。「ほほほ ほにゅうびん」のメモリのような、数が増えるごとにメモリ線の長さが長くなる「ウェーブメモリ」の商品が最近増えつつあるそうです。いち早く、シニアが読みやすいメモリに着手したBABAラボの「ほほほ ほにゅうびん」。孫育てに奮闘する祖父母にとって救世主的な商品ですね。
【形状】
握力が弱くなったシニアにも持ちやすい&カワイイ ほ乳瓶本体は「花型」に決定
BABAラボのシニアスタッフの調乳からの一連の作業をビデオにおさめた行動検証で、もう一つわかったことがありました。それは、シニアは握力が低下していることから、ほ乳瓶本体を「指先」で掴んで動かしていることです。特に本体が太めの哺乳瓶は持つのに苦労している人が多く、ほ乳瓶を落としてしまうこともありました。また、外国製ほ乳瓶のユニークな形状が既存のほ乳瓶のイメージとは違うため、使用前に不安や抵抗感を訴える人もいました。検証の結果から「本体の形状はまっすぐなシンプルな形」、「指先で触れる面を増やすことで指先にフィットするもの」が求められていることがわかりました。そこで本体の形状を考えるために(デザイン検討 形状の図を掲示)円筒、星形、花型など5つの形状を3Dプリンタにおこし、使用してもらったところ「花型」の溝に指がフィットして安定して持てるという結果になりました。洗浄もしやすく落下破損も防げる「花型」は、形もかわいいとBABAラボのシニアスタッフにも好印象。こうして「ほほほ ほにゅうびん」の本体は「花型」に決まりました。
【乳首提供 乳首を求めて何千里 ジェクスとの出会い】
乳首がなければ始まらない……部材を手に入れるまでのエトセトラ
ほ乳瓶の肝、ほ乳瓶の「乳首」は、各社、何十年もの研究を重ねてできた製品で、特許を取っているものもあります。そのため、ほ乳瓶制作初心者の私達は「ほほほ ほにゅうびん」の乳首制作は断念せざる負えませんでした。乳首提供メーカーを探していたそんなある日、代表桑原が出演したラジオで「ほ乳瓶を作る」ことを話すと、ある育児用品メーカーから制作協力したいと連絡が入りました。願ってもいないうれしい出来事に、ぜひにとお願いし、担当者からほ乳瓶製造のイロハを教えてもらいました。乳首提供の話は順調に進んでいたのですが、残念ながら最終的には提供がNGになってしまいました。がっくり肩をおとしていましたが、「ほ乳瓶 乳首がなければ始まらない」と気持ちを奮い起こして、一から乳首提供可能な関東近郊のほ乳瓶メーカーを訪ね歩きました。が、なかなかいいお返事はいただけず。公益財団法人さいたま市産業創造財団の齋藤昭彦さんにも協力を仰ぎ、いろいろなご縁が繋がり関西のベビー用品メーカーとお話をする機会をいただきました。どうか話がうまくすすみますように……とすがるように願ったのが効いたのか、乳首提供の快いお返事をいただきました。これで乳首問題が解決した。独身の齋藤さんが電話口で「乳首、乳首」と連呼しなくて済むと思ったことは、いい思い出のひとつです。
【本体制作 ハーツテック埼玉に行く着くまで】
ほ乳瓶本体の制作方法「インジェクションブロー」と困難を極めた金型制作を一手に引き受けてくれたハーツテック埼玉との出会い
乳首のメーカー探しと同時期に行っていた、本体の制作工場探しにもとても難航していました。難航した理由は「製作工程の難しさ」です。専門用語になりますが、花形の凹凸のあるBABAラボの哺乳瓶本体は「インジェクションブロー成型」で行うことになっていました。インジェクションブロー成型は、金型の中に専用のインジェクション型を入れてから、金型に素材を注入し、インジェクション型から空気を入れて素材を膨らませて、製品を作るやり方です。作業工程が増えますが、つなぎ目のない高精度の製品ができることで知られています。そして、金型は、製品をどんな素材で作るかを決めてからでないと制作することができないことから、本体の金型制作でも足止めを食らいました。。その当時、ほ乳瓶の素材=「プラスティック」しか思い浮かべられない状態で調べていくと、プラスティック素材にはたくさんの種類があり、透明度の高い素材をとなると高額になることも分かりました。素材は悩んだ結果、手に入りやすく透明度もあるPP(ポリプロピレン)に決定。「透明素材で、インジェクションブロー製法」の制作のできるところを探しましたが、コスト面や、ロット数などの条件があわず、約1年間、工場探しに奔走しました。宍戸生産技術研究所の技術士・宍戸富雄さんにも工場に同行してもらうなどし、各地の工場をめぐりめぐって、最終的にさいたま市東大宮にある株式会社ハーツテック埼玉で、金型制作と本体制作をお願いできることになりました。代表桑原が、プラスティックでできたものを見ると、どんな素材でどんな成型方法で作られているかだいたい分かるのは、その時のなごりです。
【ほ乳瓶の製品用設計図 ほ乳瓶の製品用設計図を作る 再度芝浦工業大学に戻って】
芝浦工業大学に製品用商品デザインを再依頼
乳首の提供先と、金型と本体制作の工場が決まり、すぐにほ乳瓶本体の製造へと舵が切れると思いきや、なかなか前に進みませんでした。それは前述の卒論での設計図が、商品化としてはまだ洗練されていないデザインで、あとで分かったことですが、乳首の大きさが決まらないと、本体の正確なサイズを決めることができなかったのです。本格的な商品化に向けて、以前お世話になった芝浦工業大学の橋田規子先生に再度相談に行くと、先生は開口一番「まだ、ほ乳瓶作っていたの!?」とびっくりされていました。卒論から2年経ち、ほ乳瓶の話は立ち消えになっていたと思っていたそうです。本体制作の工場が決まり、本格的に本体の製造に入るため、改めて商品化に向けた本体のデザインを橋田先生にお願いしましたが、本体の特徴である花形のなだらかなデザインというのがとても難しいため、橋田先生からより専門の商品デザイナーの方をご紹介され、その方に本体の商品デザインをお願いしました。その方もやはり花形の形状にとても苦労されたようです。そしてようやく本体の製品用商品デザインができました。
【サンプル作製・本体完成 製作現場でのトラブルから念願の商品完成へ】
【サンプル作製・本体完成 製作現場でのトラブルから念願の商品完成へ】
メモリの印刷に難航 本体のキズと汚れをクリアして念願の「ほほほ ほにゅうびん」完成へ
本体の製品用商品デザインができあがった後、サンプル制作に入りました。サンプル制作は順調に進みましたが、本番のほ乳瓶のメモリ印刷がとても難易度が高く、難航しました。最初に乳首提供に手をあげてくれた育児用品メーカーの担当者から、ほ乳瓶本体へのメモリ印刷はとても難しいと聞いたことを思い出しました。そして何度もメモリの印刷調整を行い、どうにかメモリの問題が解決しましたが、数を多く製造すると、本体にキズや汚れが入ることが発覚。赤ちゃんのミルクを入れる容器にキズがあることは製品として致命傷です。製造過程の見直しからはじまり、またもや苦戦が続きました。工場もこちらの要求を叶えるべく、細かい要求に努力いただき、構想から6年、2016年6月にようやく念願の販売製品が完成しました。
【ほ乳瓶をつくるまでの旅 大学×企業とのコラボ】
BABAラボ×大学×企業との汗と涙のコラボで「ほほほ ほ乳瓶」が完成するまで
今回のほ乳瓶制作には、足掛け6年かかりました。「シニアが使いやすい哺乳瓶を作ろう」と前のめりでスタートしたものの、シニアのほ乳瓶行動検証、乳首提供メーカー探し、金型作成、本体製品の商品設計図、完成品の品質面など毎回、大きな壁が立ちはだかりました。「工業製品を作る」ことが初めての私達でしたので、それは当然だったと思います。その際に、芝浦工業大学デザイン工学部デザイン工学科プロダクトデザイン領域博士の橋田規子先生や橋田規子研究室の御代詩織さん、株式会社ハーツテック埼玉 代表取締役の地野章夫様、宍戸生産技術研究所・技術士宍戸富雄さん、公益財団法人さいたま市産業創造財団の齋藤昭彦さん、他多くの方にご協力いただいたおかげで、時間はかかりましたが「ほほほ ほ乳瓶」が完成することができました。ほ乳瓶制作では、大学や企業と連携することで、自分達が持っていない知識や情報を得て、よりよい形に実現できることを強く実感しました。産学連携は以前より進められていますが、もしこれから、形にしたいものがある方は、まずはいろんなところの戸を叩いてみてはいかがでしょうか?そこから、きっと動きだしますよ。
取材協力:BABAラボ代表 桑原静 ライター渚いろは
Special thanks
芝浦工業大学デザイン工学部デザイン工学科プロダクトデザイン領域 博士 橋田規子
芝浦工業大学デザイン工学部プロダクトデザイン領域を専攻・橋田規子研究室 御代詩織
宍戸生産技術研究所 技術士 宍戸富雄
公益財団法人さいたま市産業創造財団 齋藤昭彦
株式会社ハーツテック埼玉 代表取締役 地野章夫(敬称略・順不同)