シニアと若者-異世代のコミュニケーションはできるのか? <前編>
「伝える」ことと「伝わる」ことの間にある“隔たり”。伊藤剛さんが代表をつとめる『asobot(アソボット)』は、この“隔たり”に目を向け、さまざまなコニュニケーションの中にある隔たりをいろいろなアイデアでうめる、そんな活動をされています。伊藤さんとの対談では、前編では「他者とのコミュニケーションとはどういうことか」を考え、続く後編では「シニアと若者-異世代間のコミュニケーション」をテーマに、若者や高齢者の世代間ギャップについて語り合いました。
伊藤剛(いとう・たけし)
1975年生まれ「団塊ジュニア/就職氷河期世代」
2001年「asobot(アソボット)」設立。ジャーナル・タブロイド誌『GENERATION TIMES』の創刊、『シブヤ大学』の設立など、さまざまな分野のプロジェクトデザインを手掛ける。東京外国語大学の授業では「PEACE COMMUNICATION」を提唱。著書に『なぜ戦争は伝わりやすく 平和は伝わりにくいのか ピース・コミュニケーションという試み』(光文社新書)がある。http://asobot.co.jp
桑原静(くわはら・しずか)
1974年生まれ「団塊ジュニア世代」
BABAlab 代表。WEBコミュニティの企画者を経て、リアルなコミュニティをサポートする世界に飛び込む。2011年『BABA lab』事業をスタート。シニアの働く場・学ぶ場・遊ぶ場の仕組みづくりに励む。「長生きするのも悪くない」と思える仕組みを多世代で考えることがミッション。https://www.baba-lab.net/about
----------- 頭に浮かんだこととアウトプットが違う
>伊藤
『BABA lab』とのつきあいは、もう7年くらいになりますかね。こうやって改まって話す機会がないので、ちょっと照れくさいですね。
>桑原
伊藤さんには『BABA lab』のさまざまな事業を一緒に考えてもらっていますが、仕事以外の話をこうやってじっくり語り合ったことはなかったですね。
最初は『BABA lab』で開発した孫育て商品のプロモーションの相談で私が『asobot』を訪れたんですよね。伊藤さんからアドバイスを受け、『BABA lab』の事業は商品開発からサービス開発に軸を移していき、その後、『asobot』の影響をうけてメディアも始めました。おかげで、こうして伊藤さんを取材する機会ができました。
今回は、伊藤さんの得意分野である「コミュニケーション」をテーマに、若い人たちとシニアとの世代間ギャップや、私や伊藤さんくらいの中間の世代ができることについて、いろいろと話せればと思います。
さっそくなのですが、「世代間のコミュニケーション」についての話の前に、コミュニケーションをお仕事にされている伊藤さんには、ぜひコミュニケーションそのものについて、少し教えてもらいたいんです。
実は以前から聞きたかったのですが、伊藤さんは、「コミュニケーション」ということにとてもこだわっていますが、そのこだわり方として、コミュニケーションにある “隔たりやギャップ”を常に埋めようとしているのかな? と思うときがあるんです。なぜそんなに、ギャップを埋めたいのか…と、ちょっと思ったりするのですが(笑)
>伊藤
いきなり根本的なところから来ましたね(笑) 僕はファーストキャリアが広告代理店だったので、企業の要望を汲み取ってお客様に適切に伝えるというコミュニケーションが欠かせない業界にいた、コミュニケーションにこだわるのはそのせいもありますけど、いまの質問の回答としてはそうではなくて…原体験のようなことを答えたほうがいいのかな?
なぜギャップを埋めたいのか、と言われて思い出すのは、小学生のときにテレビで観ていた「ザ・トップテン」や「ザ・ベストテン」みたいなランキング形式の歌番組のことです。少し長い話になるんですがいいですかね?(笑)
僕は毎週番組で発表されるランキングを書き留めて、そのランキングに対して、自分の考えるランキングを作っていたんです。まず、歌手名と曲名を書いた紙を用意する。そして、その紙をひたすら並びかえるんです。作業自体は簡単なのですが、なかなかすぐに決まらないんですよ(笑)。10~5位くらいまでは感覚的に簡単にいけるけど、その後が大変。
>桑原
それは、ただ好きな曲を並べるだけではない、ということですか?そこに何らかの基準があるということ?
>伊藤
単なるそのときの自分の好みで決めるのではなく、一応、過去からの流れをもとに決めるんです。新曲が出ない週はランキングは動きにくいんですが、じゃあ4位と3位を入れ替えるべきか、入れ替えるなら理由は何かとか。この曲の順位を落とすのかとか、これまでの歴史をもとにランキングの変える部分、変えない部分を考えていく。だから深いところまで考えるようになるんです。
で、考えに考えてようやく自分なりのランキングが決まるとスッキリするんですが、スッキリしないときもあるんですよ。なんでだろう?と考えたら、自分の頭や心の中にあることを、「ランキング」という形に落としこむ作業がいかに難しいかってことに気づいたんです。自分の中にあることと、自分が考えるランキングという“アウトプットした形”はイコールではなくて、実は距離があるっていうことに気づいたんです。
>桑原
頭の中にあるものと、そこから生み出される形には距離がある、ということに気付いたと。そこを埋めることに興味があった、ということですね。
>伊藤
そう、そこが面白かったんです。頭や心に浮かんだこととアウトプットが違うことに気づいたのが面白かった、単に違うというだけではなくて、それは何か発見してる感じでもあるんですよね。文章を書いてはじめて、自分の考えや思っていることに気づくときってあるじゃないですか。アウトプットしないと自分の本音がわからない、みたいな。
----------- ギャップに気付くための”セルフリテラシー”
>桑原
文章は本当にそうですね、「私ってこんなこと考えていたんだ」って気づくときがあります。外に向けた文章はもちろん、日記なんかだとまさにそうですよね。ところで伊藤さんは、日記は書いてました?私は小学生の頃から書いているのですが…。
>伊藤
日記的なものということでは、部活で練習日誌をつくっていました。陸上部の短距離選手だったのですが、毎週タイムを計測するんです。計測したタイムを書き留めておかないと、同じタイムでも昨日と何が違うのか、とか気づけないんですよ。そこから練習メニューをつくっていくのが好きでした。自分で自分をコーチングするみたいな感じですね。僕はひとりっ子なので、何をするにしてもそういうところがあったかもしれません。
>桑原
私もひとりっ子なので、その感じはわかりますよ(笑)。自分で自分をスケジューリングして、どんどんコーチングしていってしまうというか…。
>伊藤
そうそう(笑)自分で自分を見て、「このあたりに悪い癖がでてきたから、あえて刺激を与えて修正していこう」みたいに。そういうやり方が自分にあっていたし、セルフコーチングが好きなんだということにも気づきましたね。
>桑原
チームメイトにもコーチングしてたんですか?
>伊藤
やっていましたよ。悩みを聞いて弱みを克服するためのメニューを提案したり。今のコンサルティングの仕事に近いですよね。
でも、人の相談に乗るのが好き、というわけじゃないんです。その人が考えていることと実際の状態とのギャップを“本人に発見してもらうプロセス”が面白いというか。僕がランキングをつくりながら気づいた「頭の中と外で形にしたものとのギャップ」を、他人にも気づいてもらうのが好きなんですね。
>桑原
その人のギャップを埋めたいわけじゃなくて、ギャップがあるんだよ、と気づいてもらうことが面白いってことですよね。そこに気づかせるには、考える手法だったり、何かプログラムのようなものが必要ですよね?
>伊藤
そういう気付いてもらうためのプログラムが、今、自分たちがつくっているコンテンツにつながっています。コンテンツの形は本だったり、思考のフレームワークだったり、毎年の年賀状(※注1)だったりさまざまですが。
(※1)『asobot』の年賀状は、コミュニケーションカードゲームや、SDGS手帳など、単なる挨拶状だけではない、思考をうながすためのツールがついている。
自分自身でも、他人に対してでも、ギャップに気付くための土台は、「セルフリテラシー(自分を読み解く力)」だと僕は思うんですよね。たとえば、自分と他人の頭の中にある検索エンジンや蓄積しているデータは異なっているから、ある一つの話をしていても、全然違う景色を思い浮かべていたりする。だから自分はこう見えていると主張したいし、反対に他の人がどう見えているかも知りたい。自分と他の人の間にギャップがあるわけですが、そこに気付くには、まず自分とのコミュニケーションがないとできないですよね。
----------- 「伝わらない」が出発点
>伊藤
けれども、自分でも自分のことがわからないし、他の人はみんなそれぞれ違うんだから、そう簡単には“ギャップ”は埋まらない。僕のコミュニケーションの出発点は、「伝わらない」なんですよ(笑)。
>桑原
「伝わらない」を出発点にコミュニケーションを始める…なるほど(笑) 伝える手段としては、言葉とか、写真とか、いろいろありますけど、伊藤さんは何にこだわっていますか?
>伊藤
やっぱり言葉ですかね。先ほど話したとおり子供のころから歌謡曲が好きで、歌詞に影響されたりしていましたね。「ガラスの10代」というタイトルにときめいたりとか。光GENJIにときめいていたわけじゃないですよ(笑)「10代を“ガラス”って表現するんだ!」みたいな。なぜこの言葉に自分がグっとくるのか、なんで惹かれるのかを探索していました。これは今も同じですね。
>桑原
たとえば誰かが考えたことを明瞭に伝えるなら、やっぱり言葉の力は大きいですよね。一方で、言葉の難しさもありますよね?最近、霊長類学者の山際壽一さんと、芥川賞作家の小川洋子さんがゴリラとヒトについて語り合った書籍(『ゴリラの森、言葉の海』新潮社刊)を読んだのですが、そのなかで山際さんが「言葉は信頼を担保しない」とおっしゃっていたのが印象的でした。動物には表情だったり触覚だったり、嘘のつけない世界があって、コミュニケーションもそういう土台の上で交わされるので、そこに安心感や信頼が生まれるんだそうです。だけど、人間だけが使える言語は嘘をついたり、いくらでもごまかしたりすることができる。
>伊藤
言葉によるコミュニケーションの難しさは、いつも感じていますよ。言葉で伝えることの限界と可能性を行ったり来たりしていますね。どちらかといえば、限界を感じることのほうが多いかな…。でも、結局のところ言葉でしか思考できないし、自分を捉えようとすると言葉になってしまうから。
>桑原
自分の考えていることや、感覚とか感情を言葉で捉えようとする、というのは、まさに「セルフリテラシー」ですよね。
>伊藤
でも、先ほどの話のように言葉で捉えることってむずかしいんですよね。そもそも自分自身を捉えることが大変なのに、他人を理解するのはもっと難しい。みんながそれぞれセルフリテラシーを意識していたら、つまり、「自分自身も偏っている」と認識できていたら、コミュニケーションってもっとスムーズなのでは? と思ってしまいます。
>桑原
だから「伝わらない」を出発点にコミュニケーションを始める、ということなんですね(笑)
----------- 「異なる世代」という他者とコミュニケートしていくには?
>桑原
ちなみに、伊藤さんが「伝わった!」って思うときはどういうときですか?
>伊藤
僕の仕事の場合は、アウトプットとして表現した形がどう伝わったか、ということになるんですが、その表現には「わたしはこう思ってつくりましたけど、あなただったらどう思いますか?」という問いを含んでいることが多いです。その問いに対して、「わたしだったらこう思う」っていう思考が起きてくれたらいいなと思っていて、そういうことが起きたときは「伝わった」と感じて嬉しいですよね。
桑原さんとの打ち合わせのときにも、問いを仕掛けているんですよ。桑原さんが急に立ち上がってホワイトボードに絵を書き出すときがありますよね。ああいう「思考が回りだしだな」と感じる瞬間は面白いです。自己対話が始まったなと。逆にそうならないとつまらないですよね。
>桑原
伊藤さんの仕事って大変ですよね。当たり前ですけど自分以外はみんな他人で、思考プロセスや価値観はバラバラだし、無限のパターンと対峙しながら、相手に伝えなければならない…。
>伊藤
もちろん、失敗することもありますよ。ダメだったなと反省することも多いです。
僕がよくやるのは、自分自身が「わからないことがわかるようになった」経験を振り返って、そのプロセスを丁寧に解体するんです。そうすると、自分の“わかるようになった”というプロセスの中で、他の人にも応用できそうな部分が見つかったりするんです。
>桑原
「セルフリテラシー」って“自分との対話”なのだな、と伊藤さんと今日話して思いましたが、自分と対話するだけではなくて、自分の“思考のプロセス”から、他人とのコミュニケーションに生かせることを見つけていく、ということなのかなと感じました。
この後、若者とシニアのコミュニケーションの話題にうつりますが、「世代が異なる人たち」というのはまさに他者ですよね。異なる世代でのコミュニケーションにおいても、他の世代の人のことを考えるまえに、まず自分自身のことを考えていないと、お互い伝え合うことができないのかなと思いました。
>伊藤
世代間のコミュニケーションも、他者に「伝わらない」ということを出発点に始めるということですよね。他者にどのくらい伝わらないかっていう挫折体験は、僕は海外を旅して味わいました。環境や文化などさまざまな前提条件が違う人たちが世界にはたくさんいて、そこでは自分の正しさや正義も伝わらない。それに比べたら、なんて日本は伝わりやすいんだと思います。なぜなら「異文化」より、同じ日本の中での「異世代」のほうが伝わりやすいはずですから。少なくとも日本語という「言葉」が共通言語としてある。言葉を起点に、例えば「優しさってなんだろう?」と、さまざま世代で丁寧に考えてみる。そうやっていけば、コミュニケーションは比較的取りやすいような気がします。