about my mother (English)

執筆者:現役ママ 樋口 暁

はじめまして、新しく英語ボランティアとしてBABAラボの仲間入りをさせていただいた樋口暁と申します。

さいたま市の主婦で、小学生から乳児の3人の子育てをしています。

今日はわたしの母のことを書きたいと思います。

わたしの母は、埼玉県東部の田園地帯、幸手市に住んでいます。外向きの顔は地域の社会奉仕の人で、子供向けの人形劇団やら、民生委員や子育て支援センターの仕事などで忙しくしています。しかし娘の私から見ると、母のライフワークは何と言っても畑作り、これに尽きます。

母の畑は田んぼのど真ん中にあり、30年ほど前に地元農家の方から借りたこの場所で始まりました。気候や土地の条件で育てられない野菜もありますが、年々技術アップして、今では一年中献立に困らないほどの種類を無農薬で育てています。ここ数年は自前の大豆で味噌も作るようになりました。

わたしも幼稚園から小学校まではよく一緒に通い、草むしりをほんの少し手伝った後で、虫採りやザリ釣り、野花やヘビイチゴを摘んだりしていました。毎年秋には友達を何人も呼んでお芋掘りや焼き芋大会もしました。

夕暮れ時まで畑仕事に付き合うと、田んぼの向こうに沈んでいく赤い夕焼けに出くわします。初夏は植えられたばかりの青々とした水田の上に、秋は黄色くたわわに実った稲の上に、夕日が沈んでいく景色は、子どもの目にも美しいものでした。

3人の子どもが成人して「畑をもうやめようかと思っている」と呟いていた母ですが、7年前、わたしが0才の第1子を母に預けて職場復帰すると、今度はその孫を伴って連日の畑通いが始まりました。孫が産まれてからの母はにわかに元気になり若返りました。孫が5才になると一畝まかせて、スイカやオクラを育てさせていました。大玉スイカに頬を寄せてご満悦の長男の顔は、その夏一番の思い出です。

学生の頃は、お金にならないことばかりに時間を費やす母に不満を抱いていたこともありました。ですが自分も3人の子どものご飯を炊く身となった今では、ツヤツヤの旬野菜が買わなくてもふんだんにある台所に立てる事が、とてもありがたいことだと感じています。

一昨年前に自分の仕事を退職し、さいたま市へ転居したため、実家は少し遠くなりました。しかし4歳の娘にせがまれるので、月に一度は息子を背負って東武線に乗り、ババの畑に通っています。先月は、弟と婚約者が一緒にお芋掘りに来ました。うちの3番目の坊やも掘り返した土の上を這い回って畑デビューです。自分が子どもの時に見たのと同じ夕焼けを、今は4歳の娘と一緒に親子3代で眺めています。帰りはジジの車にわんさか採れたて野菜を積んでもらい、自宅まで送ってもらっています。

60を迎えて母の生産力はますます上がり、親戚中に配っても余るほどです。時季にもよりますが、夏場など草が茂るときには一日空けても大変だと、早朝から毎日のように通っています。炎天下で熱中症にならないかと尋ねたら、畑で1人作業に没頭していると何も考えなくていい、無心になれるのが良いとのこと。30年間の子育て中、心に波風が立つこともたくさんあったでしょう。母自身が病気になったり、父の事業が傾いたり、母の両親が亡くなったり・・・色々なことがあり、雑草の生い茂っている時期もありましたが、長く細く母の畑仕事は続いてきました。母の元気の秘訣は、心身ともにこの畑にあったのかもしれません。

そしてちょうど今日、母は人生で初めてパスポートを取って、タイで開かれるもう一人の弟の結婚式へと旅立ちました。英語の「え」の字もない母の初海外は、長女の私には心配の山です。帰ってきたら、母の土産話を聞くために娘を連れて畑へ出かけようと思います。

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執筆者:現役ママ 樋口 暁(BABAラボ新人英語ボランティア)

1981年生まれ 埼玉県田園育ち。得意の英語を生かし、元気なおじいさん方に囲まれて10年ほど日本美術を売る手伝いをする。その間3人の子どもを授かる。離職後、さいたま市へ転入して迷子になっている折に、BABAラボの看板を見つけて元気なおばあさんの匂いを感じる。2015年11月、困った時は人生の先輩のそばにいれば何とかなるとの思いから、BABAラボの門をくぐって仲間入り。

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